研究 × 実社会

Research 02

「正しさはどこにある?」
政治哲学でより深く考える

政治経済学科

松元 雅和教授

ニュースで見る戦争や政治の問題は複雑で,安易に善悪を判断することはできません。正しさもルールも目まぐるしく変わる現代,政治哲学は考えに言葉を与え,理解を深めてくれます。政治経済学科の松元雅和教授に,お話を聞きます。

考え方を言葉にする政治哲学

——先生の専門分野である「政治哲学」とはどんな学問でしょう?

松元雅和教授(以下松元):「哲学」と銘打つと,ややとっつきにくい印象を与えるかもしれません。でも人間は思考する生き物なので,意識するしないに関わらず,誰しもが何らかの思想や哲学を抱いています。

政治哲学は政治に関するものの考え方に対して,言葉としての姿かたちを与えていくことです。

——明確でない考えを言語化して,捉えやすくするということですか?

松元:そうですね。モヤモヤとした考えをピタッと言葉にできるのが哲学です。

政治の世界では,この社会をどう変えていきたいとか,みんなが豊かで幸せになるためにどうするとか,自分の頭の中の考えをアウトプットして,説得したり共感を得たりする。そして,言葉の上でのビジョンや理想でしかなかったものを現実に変えていくのが政治の営みなので,まさに哲学的な学びが生かされると思っています。

——哲学は文学部で学ぶイメージを持っていましたが,限られた領域のものではなく横断的な学びなんですね。ところで政治経済学科が法学部にあるのはなぜでしょうか?

松元:ニュースや新聞を見ると,政治や経済についての話題が多く扱われていますよね。政治経済についての知識を大学で得ることは,実社会で生活していくうえでとても意味があることです。

一方法律は,社会が抱える諸問題の解決のために立案され適用されるもので,法治国家でのルールやものの考え方を大学で身につけることは,社会ですごく役立つと思います。

政治経済を学ぶ学科が法学部内にあることで,法律と幅広い社会的実践を結びつけて学ぶことができます。それは「社会科学の総合学部」である本学の特色の一つになっています。

正しさが分からないとき,「なぜそう考えるのか」を考える

——取り組んでいる研究内容について教えてください。

松元:政治哲学の中にも様々なテーマがあります。とりわけ私が関心をもって取り組んできたのが,戦争と平和をめぐる規範の問題です。昨今の国際情勢を見ても分かるように,私たちは残念ながら,ときに平和が武力によって脅かされる世界に生きています。だからといって,それは何でもありの世界ではありません。国際法などにも反映されている,武力行使に関する規範の問題を原理的に問うことが,これまでも,またこれからも私の主要な研究関心です。

——戦争が起きると,SNSには「こちらに正義がある」「いや,こうするべきだ」などの意見が溢れます。何が正しいか分からないとき,政治哲学は手助けとなるでしょうか?

松元:例えばウクライナの問題について様々なニュースや意見を耳にしたとき,「これは何だかおかしいぞ?」と感じることがありますよね。そんな直感は,哲学においてとても大事なんです。

——どういうことでしょう?

松元:直感を起点として「なぜそう考えるのだろう」と頭の中を整理するとき,政治哲学がガイドになってくれます。結果的に「自分の考え方がおかしかった」と考え直すきっかけにもなりますし,ディスカッションやディベートの際に自分の考えを理路整然とした形で相手に伝えることができるようになります。

多様な分野を学ぶことで,視野を広げる

——感情に左右されることを否定するのではなく,考えるきっかけにするんですね。

松元:そうですね。戦術や戦況の報道が多く,それはそれで大事なことですが,やはり「何のために戦っているのか」という根本的な部分に向き合う必要があると思います。そもそも主権を守るための戦いなのか,個人の命あるいは生活を守るための戦いなのかということが,戦争の終わり方につながってきます。

前提には国際法があり,一つの目安になります。ただ国際法も人間が作ったものなので,ある種暫定的なルール。AIやドローンといった新しい技術が兵器に転用されるなど社会は常に変わるので,既存の法律やルールでは追いつけなくなります。新しい枠組みを考えることは,法律と哲学どちらの課題にもなってくると思います。

——日本大学法学部で政治哲学を学ぶことには,どんな意味があるでしょうか?

松元:これまでの研究活動で痛感してきたことは,学問分野に敷居を設けるのは非生産的で,実態に即していないということです。哲学,法学,政治学,経済学,心理学など,人間と社会を扱う学問分野において,個々の学問分野は同じ対象を別の角度から見ているにすぎません。本学では多様な学問分野を同時並行で学ぶことができるので,視野を広げる一助になるでしょう。

将来なりたい目標の第一歩として大学に進学する人が多いと思います。とはいえ,すぐに役立つ知識は,すぐに役立たなくなりがちです。その一方で,たった一つの言葉や一つの体験が,その後いつまでも反芻されて人生の支えとなることもあります。皆さんの学生生活が,長い目で見て人生の糧になるような知識と経験を得る場になってくれることを願っています。

Profile

政治経済学科

松元 雅和教授

Matsumoto Masakazu

2007年慶應義塾大学法学研究科政治学専攻博士課程修了。島根大学講師・准教授,関西大学准教授を経て,18年から日本大学法学部准教授,20年から教授。研究分野は戦争倫理学,政治理論,政治哲学。