研究 × 実社会

Research × Society

犯罪となるには
何かが起きただけでは足りない。
「知っていたか」を刑法はどう扱うのか

法律学科

南 由介教授

刑法は,罰するためだけの法律ではありません。ある行為が犯罪となるかどうかは「何が起きたか」だけでなく,「その人が何を知っていたのか」によって大きく左右されます。人の感情としての「心」を裁くのではなく,認識と意思を問い直す。その精密な思考の体系を研究してきた南由介教授に,故意論・錯誤論とは何か,刑法が人をどのように捉えているのかを伺います。

法学は暗記ではなく「考える学問」

——法学というと,条文を丸暗記する学問というイメージを持つ人も多いのではないでしょうか。

南由介教授(以下南):そう思われがちですが,それは大きな誤解です。もちろん条文を覚えることも必要ですが,より重要なのは思考力です。法律学では,感情ではなく理屈に基づいて考える力が求められます。

——「意図的だったのかどうか」など,人の心を扱うものでもありますよね?

南:「心」と言ってしまうとその人の情緒的な感覚になってしまいます。心というよりも,「何を知っていたか」「何を考えていたか」が重要です。心情や感情というよりも,認識の問題なんですね。

——「認識」が犯罪の成否を分けるということですか?

南:そうです。例えば他人の傘を自分のものと間違えて持って帰ってしまった場合,他人の物を持って帰るという認識が欠けているので,窃盗罪は成立しません。頭のなかで思い描いているのは,犯罪ではない事実だからです。

逆に自分がやっていることが犯罪に当たる事実だと認識しているのに「これは違法ではない」と勘違いしているだけの場合は,犯罪となります。医師でない者がレーザー脱毛をお客さんに行った場合,「違法だと知らなかった」と言っても許されません。「自分は医師でないのにレーザー脱毛をやる」ということをはっきりと認識しているのだから,犯罪を認識していることになるのです。

「何を認識していたか」が問われる

——先生が研究されている「故意論」「錯誤論」にも関係していますよね。「故意論」「錯誤論」とはどんなものでしょう。

南:「故意論」では,何を認識していれば故意があると言えるのかを考えます。例えば何かよくわからない化学薬品名の薬物なんだけれども,実は覚醒剤だったという場合。その薬物の効能(覚醒剤の薬理作用)を知っていたのであれば故意があると言えるのかというような問題です。

「錯誤論」では,自分がやろうとした犯罪と実際に実現した犯罪が異なっていた場合,故意犯の成立を認めることができるのかが問題となります。例えばコカインだと思っていたが実は覚醒剤であり,覚醒剤所持を実現してしまった場合。コカインと覚醒剤は化学的にはまったく別の物質で,薬理作用も異なります。「麻薬及び向精神薬取締法」と「覚醒剤取締法」といったように,規制される法律も異なっています。そのような勘違いがあった場合,はたして故意犯を認めることができるのかが問題となります。

私が関心を抱いてきたのは,薬物の取り違えのような場合にどういう理論構成で犯罪の成立を認めることができるのかという問題です。また,自分のやっていることが違法だと知らなかった場合に,故意犯として処罰できるのかという問題も考えてきました。

——故意や錯誤が重要になるのは,それが量刑に関わるからですか?

南:そうですね。コカインは所持罪で拘禁刑7年,覚醒剤は10年というように法定刑も異なります。有害性が違うからです。

——コカインだと思って持っていたものが実は覚醒剤だった場合,どう判断されるのでしょうか?

南:これが実は難しい問題なんです。裁判所は犯罪の成立を認めるという結論は固まっているのですが,理論構成としてはうまくいっていない部分があります。

コカインと覚醒剤は,ともに中枢神経を興奮させるものですが,コカインは知覚を麻痺させる薬理作用,覚醒剤は血圧を上昇させる薬理作用。覚醒剤は使い続けると中毒症状にもなります。本人も違う薬理作用を求めていたのに,なぜそれで故意犯が認められるのか。理屈で詰めると実はよくわからないんですよ。

学説では,これを抽象化して「何らかの違法な薬理作用を持った薬物」という認識があればいいという形で説明しています。裁判所は「犯罪として重なり合っている」という基準を使いますが,その「重なり合い」とは何かを突き詰めると,理論的に説明が難しい。こうした理屈の部分を,研究者として考え続けているわけです。

「けしからん」という非難可能性

——刑法では行為そのものだけでなく,動機も考慮されるのですね。

南:そうです。殺人の事件でも,金目当てで計画的に人を殺すのは最も非難されるべき行為の一つ。一方で,文句を言われて突発的にカッとなって殺してしまうパターンは,金目当ての計画的なものよりも非難の度合いは弱まります。

さらに,家族が末期のガンで激しい苦痛に苦しんでいるのを見かねて,早く楽になってもらおうと思って毒薬を飲ませてしまうような場合。あるいは,長年父親から性的暴行を受け続けていた娘が,追い詰められて父親を殺してしまったという過去の事件。こうしたケースでは,「けしからん」という非難の度合いが極めて低くなります。

——「けしからん」という言葉は,刑法理論で使われるのですか?

南:難しく言うと「非難可能性」という言い方をしますが,「けしからん」と同じような意味で捉えていいと思います。研究者や裁判所が使う言葉ではありませんけどね(笑)。

犯罪が成立するには,まず条文に当てはまらないといけない。次に,その行為が悪いと言えなければいけない。そして最後に,その人を「けしからん」と非難できないといけないんです。刑法は,この順番を踏んで判断していきます。

相手の理論も理解する「リーガルマインド」を育む

——心を扱うものではないとはいえ,背景には人間の存在があるのだなと思いました。刑法を学ぶことで,学生にどんな力が身につくと考えていますか?

南:感情で物事を判断せず,論理立てて多角的に冷静に判断する視点が養われると思います。

法律学の難しさは,一つの問題でもさまざまな考え方があるということです。自分の考え方を一方的に喋ることは,比較的誰にでもできます。難しいのは相手方の立場に立って,相手の理論だったらどうなるのかを考えることです。

——相手の理論を理解することが,なぜ重要なのでしょうか?

南:相手方の理論を知らずに批判するというのは,自分の見解をただ言い続けているだけで,説得力がありません。自己中心的な議論になってしまう。法律学においては,それは避けなければいけません。

相手方の理論を十分に理解したうえで自分の見解を主張するということは,感情に流されず,論理的に自分の見解を主張することができる能力につながります。これを「リーガルマインド」と呼びますが,この論理的な思考力は法曹だけでなく公務員でも民間企業でも,どの世界に行っても役立つはずです。

法律学はとっつきにくいと感じる人も多いかもしれませんが,良いことづくめの学問です。志をもって勉強したいという意欲をもった学生を歓迎します。

Profile

法律学科

南 由介教授

Minami Yusuke

2004年 慶應義塾大学大学院法学研究科公法学専攻後期博士課程単位取得退学。桃山学院大学准教授,鹿児島大学准教授を経て,21年から日本大学法学部教授,大学院法務研究科教授。研究分野は人文・社会,刑事法学,刑法学。