推薦図書

『まなざしの地獄:尽きなく生きることの社会学』

  • 著者名 : 見田宗介 著
  • 出版社 : 河出書房新社
  • 出版年 : 2008年
  • ライブラリ−・ニュース掲載号 : 2017 Vol.3
不勉強な学生時代,何気なく手に取った学術書に「まなざしの地獄」という奇妙なタイトルの論文があった(1)。一読,こういうすごい学問があるのか,という驚きと感動。陳腐な表現ではあるが,「雷に撃たれた」ような読書体験であった。
この論文は,1968年に起きた連続射殺事件の犯人N・N少年の軌跡と,彼を犯罪へと駆り立てた絶望の意味を,現代都市の社会構造のなかに解釈してみせた社会学者の作品である。ある地方都市で極貧と無学のうちに育ったN・Nは,中学卒業後に上京した「金の卵」のひとりだ。彼は東京において,それまでの境遇から解放され,誇りをもって「生き直す」ことを希求した。しかしながら東京は,彼をひとりの人間としてではなく,安価な労働力としてしか見ない場所であった。なにより彼を絶望させたのは,自由や誇りが得られるはずの東京において,出自や学歴,容姿や持ち物といった表相によって差別する「まなざし」に曝され続けたことであった。筆者が問うているのは,個々の悪意や差別心ではない。現代社会の一員として「まなざしの地獄」に加担し,「仕方がなかった」と言っては他者を切り捨てていく,私たちの「原罪性」なのである。なお,獄中でN・Nの書いた手記は『無知の涙』(2)という。
(1)見田宗介『現代社会の社会意識』(弘文堂 1979年)所収。初出は『展望』1973年5月号。
(2)永山則夫『無知の涙』合同出版 1971年(河出文庫 1990年)。
(大岡 聡教授/5F東開架)