推薦図書

『講義刑法学・総論』

  • 著者名 : 井田良 著
  • 出版社 : 有斐閣
  • 出版年 : 2008年
  • ライブラリ−・ニュース掲載号 : 2017 Vol.2
刑法は何のために存在するのか。このような問いを抱いた方は,本書をぜひ熟読してほしい。刑法学において,犯罪の本質とは何かをめぐり,1970年代以降,見解が鋭く対立している。かつては社会倫理に違反する行為を犯罪の本質とする見解が有力だった。しかし,この見解は,刑罰を用いて社会倫理を強制するものであると強く批判された。こうして,現在においては,犯罪とは生命や身体など法益を侵害した結果であるとする見解(結果無価値論)が優勢である。この見解によれば,たとえば殺人罪(刑法199条)は人々に対して「他人を殺すな」と命じる規範ではないという。それは刑法のモラル化につながる,というのである。これに対し,著者は強く疑問を呈している。刑法は,法益保護のために,人々に対し,何をするべきではないのか,あるいは何をするべきなのか(行動準則)を提示する規範であり,この行動準則に違反する行為が犯罪の本質であると著者は主張する。殺人罪は,まさに「他者を殺すな」と人々に命じる規範であるとする。著者のこの主張を行為無価値論という。何を些細なことをめぐって論争しているのだろう,と受け取る人もいよう。しかし,結果無価値論と行為無価値論の対立は,因果関係や未遂犯,不能犯,正当防衛,緊急避難,正犯と共犯といった重要問題の対立に直結している。今年,結果無価値論を説く中心的学者の一人である山口厚教授が最高裁判事に就任される。こういう時代だからこそ,結果無価値論といまもなお対峙している著者に耳を傾ける必要がある。
(野村 和彦准教授/4F西開架)