9-3 一戸兵衛書簡 (山田顕義宛)
[補説]
一戸兵衛は陸軍軍人。陸軍少尉試補のとき西南戦争に初陣し、昇進を重ね、少将で日露戦争に出征し大いなる功績をあげた。大正4年(1915)軍事参議官に転補、大将に進級した。その後教育総監に栄転、現役を退いてから学習院長、明治神宮宮司を歴任、帝国在郷軍人会長も兼ねた。昭和6年(1931)、77歳で没した。
本書簡は、明治9年2月に戸山学校を卒業した一戸が陸軍少尉試補に任ぜられ(昭和七年帝国在郷軍人会本部編『一戸将軍』16頁)、東京鎮台附として宇都宮営所に出発する際に山田宛に出した書簡であろう。
文末にある「玉牀下」とは、脇付けといって宛先の人物に敬意を表す言葉である。