[大意]

生まれてこのかた、苦難の中にあっても歓びや娯しみを味わってきた

泥に染まらない蓮の花のように、清らかな精神(こころ)天下(くにじゅう)に満ちている

世間の嘲りや批判などは気にせずに

老後は政界を去って、世間の自由を楽しもう

[注]

【不涅精神】
泥水から出ても清らかに咲く蓮のように穢れ無き気高い精神。『論語』「陽貨」篇に「涅而不缁 ((でっ)すれども(くろ)まず)」とある。「涅」は黒い土、「緇」 は黒い色。ここでは動詞として用いられている。
【九区】
天下。茶道のもっとも古い書『茶経(ちゃきょう)』に「...溢味播九區 (溢味(いつみ) 九區(きゅうく)()す)...銘茶の香しい味は天下に伝わる。...」とある。
一笑一嚬(いっしょういっぴん)
「嘲笑」と「顰蹙」。世間の批判。
【江湖】
大自然を象徴する詩語として用いられる。「江」は長江(ちょうこう)、「湖」は洞庭湖(どうていこ)のことで、陶淵明や白楽天が暮らした湖南省一帯。世間、民間のこと。

[補説]

酔った勢いで空斎居士が酒宴の席で揮毫した文字通り「詩・書・画」三位一体の「自画自賛」(自分で描いた絵に自分で詩文を書きこんでほめること)。

明治維新の為政者たちの文化的水準の高さを伝えるこの掛軸は、多芸多才で知られる高杉晋作を連想させる。

箱書に「空齋伯墨蓮 自賛」、箱書裏に「庚戌(かのえいぬ)仲夏(ちゅうか)題 松林桂月(けいげつ)」(1876〜1963、山口県萩出身。「最後の文人画家」と評された)の墨書あり。